2025/07/26 10:00
「静けさに宿る、幻の肉」
キョン——それはジビエの世界でも、なかなかお目にかかれない存在だ。
千葉のごく一部にのみ生息する、この小さな鹿のような動物は、繊細でクセがなく、どこか優雅な気配をまとっている。
そんな希少なキョンを用いた田舎風パテ、「グランメール」。
意味は“おばあちゃん”。
だが、その素朴な響きとは裏腹に、口にした瞬間、圧倒的な静けさと深みに包まれる。
それはまるで、誰にも語られずに大切にされてきた、山のレシピ帳を一枚めくったような感覚だ。

キョン肉が語る「やさしい赤」
猪や鹿と比べて、キョンの赤身は控えめで、どこか透明感がある。
それは“野性”というより“野趣”と呼ぶにふさわしい、やわらかな輪郭をしている。
香味野菜、洋酒、パン粉、生クリーム。
それぞれが寄り添うように混ざり合い、口の中でしっとりとほどける。
派手さはないが、確かな一体感。
ひとさじごとに、「料理」というより「記憶」に近づいていく。
“高級”よりも、“懐かしさ”という贅沢
高級ジビエ、といえばどうしてもストイックなイメージがつきまとう。
だがこのグランメールは、むしろ逆を行く。
どこか懐かしいのに、知らない味。
優しく包み込まれるようでいて、記憶のどこにも引っかからない。
パンと赤ワインさえあればいい。
特別なソースも演出も要らない。
この一品が持つ深い満足感は、“心をほどく”方向の贅沢だ。
そっと日常に置いてみたくなる、一皿の詩
希少で、技術が詰まっていて、構成も精緻。
それでも「派手にならない」ことを選んだのは、
きっとこの料理が“誰かの食卓に自然と溶け込む”ことを願っているからだろう。
地方食材のおすすめを聞かれたとき、ふと紹介したくなる。
無添加に近い、滋味深い加工肉を探している人にも、きっと届く。
冷蔵庫にそっと忍ばせておきたい。
あるいは、とっておきの誰かに贈りたくなる。
それが、この「キョンのグランメール」という、日常を特別に変える小さな詩なのだ。
Artisan NIPPONのこだわり
木更津の山で出会った命を、ただ“おいしい”で終わらせない。
その肉にふさわしいかたちを探し続ける職人・岡田修が、技と時間と対話を重ねて、ようやく差し出す一皿。
私たちArtisan NIPPONは、その皿に宿った風土と手仕事の温度を、言葉とともにお届けします。
ここにあるのは、ただの食材の話ではなく、生きものと人が静かに向き合うための物語です。