2025/09/27 10:00
「静けさのなかに咲く、赤身の香り」
テリーヌに使われる肉として、鹿はどこか特別な響きを持つ。
それは、猪のような脂の強さではなく、“赤身の繊細さ”を讃える存在だからだ。
この「鹿のテリーヌ」は、その特性を、誰にも語らず、しかし確かに主張してくる。
千葉県の山で育った天然の鹿。
その肉は、薄い一片でありながら、自然の呼吸がそのまま封じ込められたような味わいを持つ

香りを組み立てるという技術
口に含んだ瞬間、最初に訪れるのは、ハーブの静かな香り。
続いて、ドライプラムのやわらかな甘み、洋酒の気品、香味野菜の余韻。
それぞれの要素が、まるで室内楽のように互いを邪魔せず、ひとつの和音を奏でている。
なめらかで、舌の温度にすっとなじむ食感。
だが、その奥には、間違いなく“野生の輪郭”が潜んでいる。
このテリーヌが魅力的なのは、素材を覆い隠さず、香りと味で輪郭をなぞるように構成されているからだ。
“主張しない肉”の贅沢
猪や牛とは違う、鹿肉ならではの静けさ。
強さよりも余韻。コクよりも透明感。
そうした肉を前にすると、料理人は、過剰に語らないことを選ぶしかない。
このテリーヌも同様だ。
塩味も控えめ、香りも過剰ではない。
だが、ワインをひと口飲むたびに、テリーヌの印象が変化する。
——この「変化する余白」こそが、鹿肉の持つ贅沢さであり、技の設計力だ。
食材の“声”を聞きたくなったときに
食卓に鹿のテリーヌがあると、会話がすこしゆるやかになる。
それはきっと、この一皿が“騒がない料理”だからだ。
ジビエの概念を覆す、無垢で静謐な味わい。
人工的な味付けを避け、無添加に近い構成で仕上げられているのに、決して素朴ではない。
むしろ、地方食材の新しい選び方として、大人の食卓にぴたりとハマる存在感がある。
食材が語るとき、料理人は黙る。
そうして生まれた鹿のテリーヌは、一切の装飾をせずとも、自然と文化の交点として、凛と立ち上がる。

Artisan NIPPONのこだわり
木更津の山で出会った命を、ただ“おいしい”で終わらせない。
その肉にふさわしいかたちを探し続ける職人・岡田修が、技と時間と対話を重ねて、ようやく差し出す一皿。
私たちArtisan NIPPONは、その皿に宿った風土と手仕事の温度を、言葉とともにお届けします。
ここにあるのは、ただの食材の話ではなく、生きものと人が静かに向き合うための物語です。