Artisans & More

2025/10/05 19:07

──72万と52万の“食べもの未満”の話をしよう。

「年間72万頭の鹿、52万頭のイノシシが捕獲されています」

この数字を聞いて、「え、そんなに⁉」と驚く人は多い。
そして同時に、「なら、なんでスーパーにもっと並ばないの?」と、首をかしげる人もいる。

そう——ジビエは、獲られた瞬間に“食べもの”になるわけじゃない。

むしろ、その多くは“食べもの未満”のまま、静かに処理場の奥で消えていく。
数字には載らないまま、誰の胃袋にも届かないまま。

ロスの正体は、命の余白。

72万頭の鹿が獲られた令和5年度。
52万頭のイノシシが仕留められた令和5年度。(※出典:環境省「ニホンジカ・イノシシ捕獲頭数速報値」)
すさまじい数だ。

でも、そのすべてが「流通」したわけじゃない。
すぐに運べなかった、冷凍庫が足りなかった、処理が間に合わなかった、買い手がいなかった。
理由はさまざまだが、結果はひとつ。“おいしい”の手前で止まってしまった命たちが、確かに存在している。

“もったいない”というには、少し切ない。
“かわいそう”というには、少し遠い。
その中間にある、食のグレーゾーン。それが、ジビエのロスだ。

シャルキュトリー職人は、数字の向こうを見ている。

ソーセージ、パテ、テリーヌ、コンフィ。
火と塩と香りで、野生肉を“料理”に昇華するシャルキュティエたちは、命を保存する人たちでもある。

彼らが扱う肉は、完璧な精肉ではないことが多い。
筋が多い、色が濃い、脂が少ない。けれどそのぶん、味が濃い。香りが深い。
まるで、山の時間がそこに凝縮されているようだ。

「売れないから捨てる」ではなく、「どうすれば届けられるか」を考える。
それは、静かなレジスタンスだ。
社会に対してではなく、「仕組み」や「合理」や「無関心」に対しての、ちいさな闘い。

“食べもの未満”を、“ごちそう”に変えるということ。

見た目も派手じゃない。ラベルに「鹿」と書けば、手が止まる人も多い。
でも、いちど噛めば、すぐにわかる。
これは、単なる加工肉じゃない。
“まだ食べられていない味”だ。
“まだ知られていないうま味”だ。

脂でごまかさない。香辛料で覆い隠さない。
赤身の輪郭をそのまま伝えるジビエシャルキュトリーは、
「この命を、この形で残したかったんです」とでも言うような、静かな主張がある。

数字のなかに埋もれてしまった命を“味”としてすくいあげる。

それは、料理というよりも祈りに近いのかもしれない。

今日もまた、冷凍庫の片隅で忘れられそうな命に、
塩と香りと手間が加えられていく。
「いただきます」が、届きますように。

📎 出典:
・環境省「ニホンジカ・イノシシ捕獲頭数速報値(令和5年度)」
・環境省「全国のニホンジカ及びイノシシの個体数推定等の結果について(令和5年)」

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