Artisans & More

2025/10/08 10:00

最初に名乗るべきは、人ではない。この部屋でいちばん年上なのは、黒ずんだ鋼だ。
錆は失敗の痕じゃない。迷わなかった証拠だ。曲がりは、山の地形を写した記憶。ゆるく反った刃は、線で切らない。面で外す。鹿の筋膜は引っぱらず、空気を一枚はがすように静かに退く。
ここは火の気のない仕事場——水の鳴る部屋。金属と水が小声で話すあいだ、温度だけが正直だ。

傷は注意深さのメモ

刃の根元に、紙やすりみたいな細かな傷がある。
それは、あの日の雨や、搬入の時刻、獣道のぬかるみまで覚えている“メモ”だ。
砥石を当てる角度が半度ズレると、刃は機嫌を損ねる。だから人は、朝の背中で季節を測る。
今日は湿度が高いから、研ぎは短く、乾きは長く。
いいジビエは、台所にいく前に決まっている。においの正体は“時間”で、雑味の多くは焦りの味だ。
焦らないために、ここでは手数を増やす。血を澄ませ、温度を落ち着かせ、筋をほどき、余計な香りを置いてこない。

「急がない」技術

捕獲から搬入、前処理、熟成へ。
工程を走らせるのではなく、静かに回す。刃は急がない。
曲線を使い、面で触れ、肉の地形を“なでて”いく。反り刃が活躍するのは、まさにここだ。
1℃に意味があり、1分に性格が出る。ここでの“遅さ”は、食卓での“速さ”になる。
家では焼くだけ——それを叶えるために、時間の積み重ねをこの部屋で前払いしておく。

無添加で届く“仕事の声”

無添加を名乗るのは簡単だ。でも、その言葉の重さは、この部屋の静けさで決まる。
無添加 加工肉は、ごまかしの余地がない。だからこそ、野生肉の味がまっすぐ届く。
噛むたびに、山の冷気みたいな清らかさが立ち上がる。
「市販のソーセージとは別の食べものだ」と誰かが言った。
ジビエ ソーセージは香りの設計が七割。塩は囁き、胡椒は句読点。
余計な合唱団はいらない。独唱で響く声が、ここにはある。

刃の履歴書

もしこの刃に履歴書を書かせたら、きっとこうだ。
特技:筋膜を怒らせない、匂いに沈黙を与える。
志望動機:命を粗末にしない仕事がしたい。
人の評価は移ろうけれど、刃の履歴書は正直だ。
今日よく切れたら、それは昨日の手入れがよかったということ。
昨日を裏切らないために、今日も水を替え、砥を当て、温度を守る。

Artisans & Moreトップへ
Copyright © ジビエイノシシ肉鹿肉希少食材のギフト専門店|Artisan NIPPON 公式サイト. All Rights Reserved.