2026/02/14 00:00
ジビエの話をすると、たまにこう言われる。
「捨てられる肉だから食べるんでしょ」
「もったいないから食べるんでしょ」
「害獣だから、しょうがないよね」
うん、わかる。わかるけど——その順番、なんか違う。
ジビエは“理由”が先に立ちすぎて、味が後回しになりがちだ。
まるで「正しいこと」を食べるみたいに。
でもね、食べたらわかる。
ジビエは、義務じゃなくて欲望で食べるものだ。

「もったいない」より先に「うまい」が来る
もちろん、命を無駄にしないのは大切だ。
でも、そこを入口にしすぎると、ジビエはずっと“いい話”のまま終わってしまう。
本当はこうだ。
おいしい。面白い。だから、食べたい。
その結果として「無駄にしない」につながる。
順番が逆なんだよね。
牛じゃなくて鹿。
豚じゃなくて猪。
その“わざわざ”には、ちゃんと理由がある。味の理由が。
そもそも、食べるのが大変すぎる
ここ、声を大にして言いたい。
ジビエって、食べるまでの道のりが長い。めっちゃ長い。
山で、1日1頭とれるかどうかもわからない。
獲れたら山から下ろして、
人の手でさばいて、
温度と時間と衛生を守って、
ようやく「肉」になる。
この手間と不確かさをくぐり抜けて、
「もったいないから食べよう」って、なる?
ならない。
それは冷蔵庫の奥のしなしな野菜で十分だ。
ジビエは、もっと手前に“欲”がある。
食べたいから、わざわざやる。
それが正直なところだと思う。
ジビエを食べる理由は、もっと単純でいい
害獣対策も、地域の課題も、もちろん現実としてある。
でもそれを前面に出しすぎると、
ジビエはずっと「かわいそう」と「えらい」の間で揺れる。
僕はこう言いたい。
ジビエは、うまいから食べる。面白いから選ぶ。
たまに驚くほどきれいで、
たまに野性味があって、
昨日と今日で表情が違う。
その不揃いが、ごちそうになる。
結び:正しさの前に、まず食べてほしい
“害獣だから食べる”じゃない。
“もったいないから食べる”でもない。
うまいから食べる。わざわざ食べる。
そのあとに、社会の話がついてくる。
順番は、きっとこっちだ。
そして、この順番を取り戻した瞬間に、
ジビエは「話題の食材」じゃなくて、ちゃんと「好きな食べもの」になる。
