2026/01/27 21:00
コンビニのレジ前で、いつも思う。
「このガム、噛みたくて買ってる人、どれくらいいるんだろう」って。
だいたいの買い物は、必要とか惰性とか、ついでで成り立っている。
でも“好き”だけは、ついでじゃない。ついでに燃えない。
そして、燃えてる人の言葉って、だいたいバレる。逆もまた然り。
好きじゃなくても語れる。むしろ語りやすいのがジビエ
ジビエって、実はめちゃくちゃ語りやすい。
「牛はCO2が…だから勝手に育つジビエが…」
「SDGs文脈でジビエはいいんです」
「ヘルシー、鉄分、低脂質、高タンパク…」
ほら、もう勝てそうな気がしてくる。
プレゼンのスライドまで勝手に出来上がってくる。
ジビエって、語りやすい食材なんですよ。ほんとに。
でもね、バレるんですよね。こういうのって。

本物人口密度が濃い界隈で、上っ面は即死する
ジビエ界隈って、変な言い方だけど“密度”が濃い。
加工処理施設の人、猟師さん、料理人——
みんな、人生のどこかをジビエに持っていかれてる人たちが多い。
本物人口密度が高い場所で、上っ面の言葉を振り回すと、秒で見透かされる。
しかも見透かされ方が残酷で、誰も責めてこない。
ただ、空気が「…あ、違うな」ってなる。
あれ、いちばんカッコ悪いやつ。
だからこそ、ジビエはなおさら、好きじゃないと語れない。
——ところで、ジビエとは何なのか?
鹿肉や猪肉などの野生鳥獣の肉。
「野生肉の味は個体差がある」とよく言われる。季節でも香りが揺れる。
それも事実。
でも、僕が最近いちばん思うのは、ここ。
ジビエは、語りやすいがゆえに、浅くなりやすい。
“正しさ”を足せば足すほど、味が遠のくことがある。
本当は、もっと単純でいいのに。
「ジビエ、うまい」
たったそれだけでも、十分に強いのに。
自分の言葉がないと、ジビエは逃げる
ジビエを語るって、たぶん「自分の解釈」を差し出すことなんだと思う。
誰かの借り物の正論じゃなくて、
自分がどこで心が動いたか。どんな匂いで記憶が刺さったか。
たとえば、無添加のジビエソーセージを焼いたときの、あの“山の気配”。
脂が軽いとか、鉄分が多いとかの前に、
「あ、これ、作った人が好きでやってるやつだ」ってわかる瞬間。
地方食材おすすめ、って言葉があるけど、
結局おすすめしたくなるのは、土地じゃなくて——
その土地に取り憑かれた人だったりする。
鹿肉通販で探しても、最後に決め手になるのはスペックより、
「この人、好きで作ってるな」の匂いだったりする。
語りたくなるほど、好きなら勝ち
ジビエは語りたくなる食材だ。
だからこそ、カッコつけて語ると、薄くなる。
でも、好きで好きで仕方なくて、つい語っちゃうなら、それはもう大丈夫。
上手に語る必要はない。
ただ、自分の言葉で噛めばいい。
だって結局、好きには勝てない。
——語りが浅い人は、たぶん噛んでないだけだ。
