2026/04/13 10:43
お米の変態、と呼ぶ人がいる。
それは悪口じゃない。むしろ、最大の敬意だ。
山下さんは、もともと骨董品屋だった。長い年月、「本物」と向き合い続けた人間の目は、どこか普通とは違う光を持っている。値段じゃない。年代じゃない。そのモノが持っている「気配」を、指先と直感で読む力。その目が、ある日お米に向いた。
以来、山下さんのお米との向き合い方は、少し異常だ。
土を知る。岩を知る。地層を知る。水を知る。そして、その土地で生きてきた人を知る。知って、知って、知り尽くして、最後にそこへ、山下さんの感性を一枚乗せる。
突き詰めすぎて、ある日、田んぼの土でオカリナを作ってしまった。
それを聞いたとき、「ああ、この人だ」と思った。理屈じゃない。ただ「もっと知りたい」が、どこまでも止まらない人だ。楽器まで作ってしまうのだから、米が美味しくなるのは、当然と言えば当然かもしれない。

骨董の目利きが、米を読む
骨董の世界に「目利き」という言葉がある。眼の利く人間は、嘘をつかない。正確に言えば、「本物」が持つ静かな圧力を感じ取れるから、偽物の前では自然と黙ってしまう。
山下さんの目利きは、米にも働く。どの産地の米か。どの生産者の手か。どの土の記憶か。どの水の流れか。そういうものを、山下さんは味として読む。
だからこそ、山下さんが選ぶ米には、スペックには載っていない何かがある。お米の袋に書いてある情報より、山下さんが「これだ」と言うかどうかの方が、信頼できる。そういう人が、世の中にはいる。
「跳ね夢」という名前のこと
炊き上がった瞬間、米粒がぴんと立って輝く。それを見ていたら「夢みたいだ」と思ったから、この名前になった——と山下さんは言う。
詩人だな、と思う。
でも山下さんは詩人というより、もっと手前にある人間だ。ただ好きで、好きで、好きすぎて、気づいたら田んぼの土で楽器を作っていた——そういう種類の人。詩は、後からついてくる。
熱量を、食べる
山下さんが選ぶ米を、山下さんがブレンドする米を食べるということは、山下さんの熱量を食べることと同義だと思っている。
骨董も、米も、突き詰めた先にあるのは同じものだ。「本物」だけが持つ、静かな存在感。語らなくても、そこにある気配。一口で、ああ、と思わせてくる種類の説得力。
塩でもいい。何もつけなくてもいい。ただ、炊き立ての湯気の前で、少し黙ってしまう。そんな一杯がある。それが、山下さんのお米だ。
