Artisans & More

2026/10/23 10:00

山で暮らすヒグマは、何を食べているのだろう。
 
 木の実、草、果実。季節によって食べるものを変えながら、大きな体をつくっていく。その暮らしを皿の上で想像したことから、この赤ワイン煮は始まった。
 
 肉を赤ワインで煮る。それだけなら、フランス料理には昔からある。けれど岡田修氏は、ヒグマの骨や筋から丁寧に引いた出汁を重ね、さらに果実を合わせた。肉だけを取り出して味をつくるのではなく、その動物が生きてきた背景まで、一つの鍋の中へ戻していくような仕立てだ。
 
 ヒグマの肉には、野性の深さがある。赤ワインの酸味はそれを覆い隠さず、輪郭を磨く。果実の甘みが暗い森の中に小さな灯りを置き、骨と筋の出汁が味の底を支える。
 
 これは、温めてこそ景色がひらく料理だ。湯気とともに果実の香りが立ち、冷えて眠っていたソースのコクがゆっくり目を覚ます。
 
 ヒグマを食べることは、きっと多くの人にとって初めての体験になる。だから最初の一口は、少し慎重でいい。
 
 その慎重さが、驚きに変わる瞬間まで、ソースは静かに待っている。
 
 温めると、眠っていた香りが順番に目を覚ます。最初に赤ワイン、次に果実、そして最後に骨や筋から引いた出汁と肉の深い香り。ソースをひとさじ含めば、丸い甘みの奥からヒグマの力強い旨みが輪郭を持って現れる。
 
 これは珍しい肉を食べるためだけの料理ではない。山で何を食べ、どんな季節を越えてきたのか。その背景まで想像し、ひとつの鍋へ戻していく料理だ。寒い夜、ゆっくりと温めたい。湯気の向こうから、遠い森の時間が食卓のすぐそばまでやってくる。
 
 パンを添え、皿に残ったソースまで受け取りたい。肉だけでなく、出汁と果実が溶け合った液体にこそ、この料理の時間が最も濃く残っている。器の底まで味わったとき、山の命を余さず料理へつなぐという仕事の輪郭が見えてくる。
 
 素材が生きた場所と、それを料理へつなぐ手仕事。ArtisanNIPPONが届けたいのは、珍しさだけではない。山や畑、海の記憶を受け取り、塩、火、煙、発酵、そして待つ時間によって、次の食卓へつなぐこと。ひと切れを味わう時間が、自然と人との距離を少しだけ近づける。そんなお節を、新しい年の始まりに。

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