2026/11/02 10:00
同じ鹿肉でも、仕立てが変われば別の肉に見える。
鹿のドゥー・ファソン。その名は「二つの仕立て」を意味する。なめらかなリエットと、繊維を感じるコンビーフ仕立て。二つを重ねることで、鹿という一つの素材の中にある遠い両極を、ひと切れで味わえるようにした。
最初に舌へ触れるのは、やわらかな層。脂と肉がほどけ、鹿の旨みが静かに広がる。そこへ、もう一つの層から赤身の繊維が現れ、噛むほどに味の輪郭が濃くなる。
ローストした松の実は、小さな句読点のようだ。香ばしさと食感を一瞬だけ置き、次の味へ進ませる。そして鹿から引いたコンソメのジュレが、二つの仕立てを透明な光でつないでいる。
職人の技は、素材を別のものに変えることだと思われがちだ。でも本当は、素材の中にすでにある違いを見つけ、見える形にすることなのかもしれない。
一頭の鹿に、一つの味しかないわけではない。
この小さな二層は、その豊かさの証明だ。
ひと口の中で、先にどちらの層が舌へ触れるかによって印象が変わる。リエットから入れば穏やかに始まり、コーンドミートから入れば赤身の力が前へ出る。上下を分けて味わっても、二層を一緒にすくってもいい。
ひとつの素材に、正解はひとつではない。時間のかけ方、ほぐし方、塩の届かせ方で、鹿肉はまるで別の声を持つ。料理とは素材を変えることではなく、その中に眠っている複数の表情を見つけること。野性のやわらかさと強さが向き合う、鹿肉の二重奏だ。
ワインを合わせるなら、ひと口ごとに層の取り方を変えてみたい。リエットを多くすくうか、コーンドミートを多く取るか。それだけで香りと余韻の重心が動く。食べる人の選び方まで、料理の続きになる。
素材が生きた場所と、それを料理へつなぐ手仕事。ArtisanNIPPONが届けたいのは、珍しさだけではない。山や畑、海の記憶を受け取り、塩、火、煙、発酵、そして待つ時間によって、次の食卓へつなぐこと。ひと切れを味わう時間が、自然と人との距離を少しだけ近づける。そんなお節を、新しい年の始まりに。

